自分といっしょに引っ越しも経験して
紙の色も変色したボロボロの文庫本って
いいですよね。
そういう本は不思議と
紙から甘くていい匂いがします。
中古で買った本の匂いは好きじゃないけど
(特にブックオフの本の匂いが嫌い)
自分で長い時間をかけて
育てた本の匂いは好きです。
村上春樹さんの
「螢・納屋を焼く・その他の短編」を
先日ひさしぶりに読み返しました。
これもかなりボロボロです。
収録されている短篇はぜんぶ良いけど
「めくらやなぎと眠る女」が特に良い。
仕事をやめたばかりの主人公が
耳の聞こえづらい従弟の中学生と
いっしょにバスに乗って病院へ行く
ただそれだけの話ですが
ふたりの会話とその情景が
詩的でとても良いのです。
ぼくは「パターソン」のように
何も起きない静かな映画が好きで
この短篇はまさに何も起きないスロー小説。
しきりに「いま何時?」と聞く
従弟の中学生がいいのです。
バスに乗る前、渡された小銭を
大事そうにぎゅっと握る場面
いいんだよ。
自分の子供がいま4歳で
もしかしたら今がいちばん
可愛い時期なのかなと思っていたら
中学生の息子を持つ人が
「今もずっと可愛いよ」と言っていて
安心したことを思い出しました。
この短篇は村上さんが
34歳の時に書いた初期の作品です。
安西水丸さんが描いた
表紙の絵と題字も好きです。
ちなみにこの題字
電話で本のタイトルを聞かされた水丸さんが
その場でさっとメモに書いたものだそう。
その後たくさん清書したけど
メモ書きのこれが一番良かったんだって。