AIが絵も描くようになったので、デジタルツールで描いた絵は「AIでいいやん」となっていくだろう。そして手描きの絵の価値が相対的に高まっていくのだ。とりわけAIには描けないヘタウマイラストが王者となるのだ。ははは。勝ち組や。AIが描いた絵の味気なさよ。自分たちでどんどん世の中をつまらなくしていることに、人は早く気付かないといけない。ChatGPTは便利ですけどね。一貫性が無いよね。ウソもつくし。
AIが絵も描くようになったので、デジタルツールで描いた絵は「AIでいいやん」となっていくだろう。そして手描きの絵の価値が相対的に高まっていくのだ。とりわけAIには描けないヘタウマイラストが王者となるのだ。ははは。勝ち組や。AIが描いた絵の味気なさよ。自分たちでどんどん世の中をつまらなくしていることに、人は早く気付かないといけない。ChatGPTは便利ですけどね。一貫性が無いよね。ウソもつくし。
ブログよりもSNSのほうが早く広がるし、集客にもつながりやすい、ブログなんて時代遅れなのかもしれない、それでもぼくは、ブログにしかできないことがあると思っています。人のタイムラインに勝手に入っていくSNSだと、自分の気持ちや考えを正直に書くのは難しい。自分のフィールドであるブログなら、字数も気にせず、好きなように書けます。いいねがもらえるかどうかを意識する必要もありません(これ大事)。ブログはわざわざ見に行かないといけない。この「わざわざ見に行く」という行為が持つ意味は、結構大きいと思います。SNSと違ってつながりは目に見えないけど、お互いに見えないつながりは心地良いですよね。
ひさしぶりにブログのアクセス解析を見た。あいかわらずアクセス数は少なかった。もしかしたら知らない間にバズっているかもしれないと思ったけど、まったくそんな気配は無かった。SNS全盛のいま、自分のホームページでひっそりと更新しているブログが、バズる可能性はゼロに等しいのだ。
落ち込んでいると、アクセス元に見慣れないドメインを見つけた。辿っていくと、あるWEBデザイナーさんが運営するホームページのブログだった。そこに「ハラプロさんのブログが好きだ」と書いてあった。ひゃー。そして、自身が日記ブログをはじめるきっかけになった、とまで書いてくれていた。誰か一人にでも深く刺さってくれるなら、バズらなくてもいいやと思った。
シロウトはSNSをやるな、と言って芸能人の方が炎上していましたが、そんなことでいちいち謝らないといけないのか、変な世の中になったな、と思う反面、もしぼくが芸能人だったら、逆にSNSなんてやらないけどな、とも思うのです。
「戦争と平和」は現在2巻目に突入しています。第1章の終わりに、ロストフがドーロホフに挑発されて賭博に手を出してしまい、どんどん負け額が膨らんでいくシーンは、読んでいて苦しくなりました。あー、賭博なんかしないでまっすぐ家に帰っていれば、今頃どんなに楽しかったか!と後悔するロストフの心を思うと、非常にツラいものがありました。
ぼくはギャンブルで大金を失った経験は無いけど、サーバートラブルが発生した時なんかは、心臓がドキンと音を立てて、うわー、サーバートラブルが発生する前の自分に戻りたい!ひーひー言って目の前の仕事に追われていたけど、あんなの大したことなかったのだ、むしろ平穏で幸せだったのだ、と思ったことはあります。
心臓がドキンとするようなトラブルが無いのなら、それだけで十分幸せな状態だということを、ロストフの賭博シーンを読んで思い出しました。
AIという言葉に拒絶反応を示していたぼくですが、今ではChatGPTに月3000円課金する立派なAIユーザーになりました。もちろん、なんでもかんでもAIを信用しているわけではないし、「人間にしかできないことがある」という信念は変わっていませんので、ご安心ください。
技術的な問題を解決するスピードは、ChatGPTのおかげで格段に速くなりました。ぼくは独立以来ずっと一人で仕事をしてきて、結婚してからは妻に相談して助けてもらうことはあるものの、基本的にはひとりで悩み、ひとりで解決してきました。そんな孤独な闘いを15年間続けてきたぼくにとって、ChatGPTは頼れる相談役になってくれています。月3000円でこれだけ凄いのに、月3万円のプランにしたらどれほど凄いんだろう?
最近、ChatGPTと「魔の山」について語り合っています。ぼくの周りに魔の山を読んでいる人はいないので(知らないだけでいるのかもしれないけど)、試しにChatGPTに、ぼくが印象に残った場面の感想を打ち込んでみると、予想していたよりも10倍すごい言葉が返ってきて驚きました。まさかコックリさんでヨーアヒムを呼び出した時のハンスの心境をひと言で表した「口の中で苦い味がした」の一文について、語り合える日がくるなんて。AIとだけど。しかも時々「あなたのその感じ方、とっても深いですね」とか誉めてくるのが恐ろしい。AIにおだてられて、ちょっとうれしくなる自分が恥ずかしい。最初のほう、AIの言葉遣いが時々気になっていたけど、こっちが徹底して敬語で話しかけていると、いつのまにかAIから馴れ馴れしさが消えました。距離感は大事。
どうすれば検索エンジンで上位表示されるようになるのか。この問いに対して答えるのはとても難しい。確実な方法は無いし、人の手で操作されているわけではないから、実際のところ検索エンジン側の人にも正確にはわからないのかもしれない。グーグルの人はよく「コンテンツの質が大事」と言っています。検索されたキーワードに対して、質の高い情報が記されているページが上位表示されるというわけです。
じゃあその「質」の判定は、どういう基準で行われているのか?それは謎です。まさかキーワードの出現回数なんかではないでしょう。文字量も無関係だと、グーグルの人は言っています。人間が読んで面白い、役に立つ、と思えるページを、上位表示させることをグーグルは目指しているはずだから、つくる側もそういうページをつくるしかない。おそらく、検索キーワードに対する関連性の高さを何らかの方法で判定し、それ以外では、アクセス数、滞在時間、スクロール数、アクションの有無、被リンク数、その他いろんな要素から分析していると思います。予想でしかないけど。
昨年の9月から、ブログをほぼ毎日更新しています。すると、ホームページの検索順位が上昇しました。「ホームページ制作 福岡」というプロがしのぎを削るキーワードで、いま16位にいます。まとめサイトを除いて制作会社だけで数えると、上から10番目にいます。げー。げげー。別に自慢をしているわけではありません。ぼくが伝えたいのは、更新頻度が検索順位に影響するのかもしれないということです。だって9月以前は60位ぐらいにいましたから。
一般的に、更新頻度は順位に影響しないと言われています。でも影響しちゃったのだ。もろに。更新頻度が上がると、見に来てくれる人(リピーター)が増えて、それが順位に影響するということなのかもしれない。ブログの質で言うと、ホームぺージ制作のことなんて全然書いてないから、キーワードとの関連性は低い。ホームページそのものが評価されたのか、まあよくわからないけど、更新するようになったら順位が上がりました。という話です。
「5ちゃんねるが見れなくなってるの知ってる?」と妻から聞かれた時、一瞬テレビの話をしているのかと思いました。それぐらい、自分の頭の中から5ちゃんねるのことが消えていた。どうやらサーバー攻撃を受けていたらしい。今は復活しています。
サーバートラブルでホームページが見れなくなるという現象は、我々ウェブ業界の人間が最も恐れることのひとつです。クライアントから「ホームページが見れなくなっています!」という電話がかかってきたら、心臓が3秒ほど停止します。
サーバーをAからBに移設する仕事は、神経をすり減らす仕事です。一歩間違えると、ホームページが見れなくなったり、システムエラーが起こったり、メールが使えなくなったりするから。そんなサーバー移設を、いま3社同時に進行しています。DNSの変更ボタンをポチっと押す時の緊張感。無事、終わりますように。
「ネットサーフィンをしながら感じていたのは、毎日更新され続けることに大きな魅力があるということだ。たとえ一行でも、主宰者が毎日その場にやってくるというのは非常に重要だ」「良いお店でも、店主がお店から離れる時間が増えるほど、お客さんも離れていくものです」(ほぼ日刊イトイ新聞の本 – 糸井重里)
今日のダーリンというコラムを20年以上
毎日書き続けている糸井さんの言葉だから
非常に説得力がある。
ぼくも昔はブログ毎日更新中!と
うそぶいていた時代があったけど
いつの間にか週一ペースになり
やがて月一ペースにまで落ちぶれました。
しかし最近ひそかに復活を遂げたので
ちょっとはアクセス増えたかも?
と期待したのですが今のところ
ほとんど増えていません。
まーまーまー。
なんだこのサイトは?
本屋?読書好きの本紹介?
だれが何のために?よくわからない。
久しぶりにインターネットで興奮しました。
https://biblioapartment.com/
すごいものを見つけてしまった。
教えたくないけど、教えます。
すごいぞ。

WEBメディアを持ちたいという気持ちは、ハラプロをはじめた13年前からずっとあって、その後忘れたり、思い出したり、をくり返しながら、実現できぬまま今日に至っていて、最近またそれについて考えはじめていました。未来をイメージした時、10年後の自分が小さいながらもコツコツ10年育ててきた愛すべきWEBメディアを持っている自分だったら良いな、と考えたりしていました。
WEBサイトをつくる技術も、運営するノウハウも、ほとんど人のために使ってきたけど、そろそろ自分のために使ってもいいんじゃないか、自分のために作ったWEBサイトを、自分の手で日々運営することができたらいいだろうな、と考えたりしていました。
そのために何からはじめようかなと考えた時、このブログだってメディアと言ってしまえばメディアなんじゃないかと、ぼくのことを知っている人だけがたまに見てくれる、インターネット僻地にある小さな個人的ブログですが、それでも自分の表現の場としてやってきたメディアじゃないか、と思いました。そうして突然スイッチが入り、昔のようにまた、毎日更新しているというわけです。
本業(ハラプロ)と紐づいていない純粋なWEBメディアをつくりたい気持ちはやっぱりあるので、それはこれからも考え続けていきます。先に道をつくった人に習おうと思い、「ほぼ日刊イトイ新聞の本」を読みました。約20年前の2001年に書かれた本ですが、今の自分に響くことがたくさん書かれてありました。逆にネット黎明期の話だからこそ、今響くのかもしれません。時代が変わっても、大切なことは変わらない、この本を読むとそれが分かります。
だれも気付いてないと思うけど、ひっそりとFacebookから姿を消しました。特に理由はないんですが、まったく使っていなかったので。
実際利用停止をしてみて、なにも困ることはありませんでした。もしかしたらだれかが「あれ、あいつおらんくなったなあ。何かあったんかな?」と、思ったかもしれないけど、何もないですよ。そして数か月経ち、ぼくはFacebookのことすら忘れかけていました。
ところがどっこい、先日クライアントのWEBサイトをつくる過程で、Facebookの開発者機能を使わないといけなくなり、ひっそりと復活した次第です。だれも気付いてないと思うけど。
また別の案件で開発者機能が必要になるかもしれないから、とりあえず残留しています。が、また消えるかもしれません。消えたとしても、実世界では元気にやっていますのでご安心を。
原付で日本一周のたびをした大学生のウェブサイトが、ツイッターでちょっと話題になっていました。
https://katsuo247.jp/post-40409/
ただ一周するだけじゃなく、全国1,741あるすべての市町村を実際に足で歩き、写真を撮るというその発想と行動力が、すばらしい。日本で生まれ育ったすべての人とふるさとの話ができるんだから、ある意味最強ですよね。
昔のアルバイト仲間に、福岡のいろんな町にやたらと詳しいK君という男がいました。K君は住んでいる場所を人から聞き出し、その土地の情報で話を盛り上げる達人でした。逆にぼくは、そういう能力がまったく無く、K君が場を盛り上げている横で「へえー」とマヌケな声を発することしかできませんでした。
前述の大学生の方、もちろん福津市にも来ていて、宮地嶽神社の写真を掲載していました。もう福津といえば宮地嶽なんですね。嵐の影響力はすごい。そして古賀のタローちゃんらーめんが紹介されていて、今までまったくノーマークだったから気になっています。
ネットサーフィンをしていると、ある古本屋さんのホームページにたどり着き、ブログの記事が4つあって、はじめの記事が「こんにちは、テストです」というテスト投稿のままになっていた。いいんです、いいんです。そのままでいいんです。なんでもかんでもガチガチで息苦しい世の中、それぐらいゆるいほうが、ホッとするんだから。みんなももっとゆるくいきましょうよ。

仕事に追われてしばらくブログをサボっていたぼくですが、やっぱりブログは更新しないといけませんね。いけません。
ブログは、まだハラプロを知らない人に「こんな人間です」と知ってもらえるだけでなく、すでにお付き合いのあるお客さまに「元気でやってます」と伝えることもできる。
そして逆に、お客さまのブログも、ぼくは頻繁に見ています。SNSのようにつながりが目に見えないけど、それがいいのです。見えないけど、ちゃんと感じてはいるんです。
ぼくがWEB制作の技術を学びはじめたのは確か2000年ぐらいで、当時はFLASH全盛期でした。かっこいい動きこそが正義で、FLASHを使いこなせないとWEBデザイナーにはなれない時代でした。
中村勇吾さんがまだビジネス・アーキテクツにいて、個人サイトでこれまで見たこともない、凄まじいFLASHコンテンツを次々に発表していた時代です。
もちろんぼくも、FLASHを必死に勉強しました。中村勇吾さんみたいになりたくて。でもアクションスクリプトで挫折し、ぼくには向いていないことを悟りました。それからは動的なサイトをつくることを諦め、シンプルでわかりやすい、堅実なサイトづくりにシフトしました。
やがてFLASHは衰退していったけど、あのままの流れが続いていたら、ぼくはこの業界で生き残れなかったと思います。先のことなんて、誰にもわからないのです。ちなみに中村勇吾さんは、いまも業界最先端でバリバリ活躍中です。
ある漫画ブログが、全く更新されなくなった。それから半年ほど経ち、やはり更新は止まったまま。ぼくはその漫画が更新されるのを、いつも楽しみにしていたのだ。
もう漫画を描くことに飽きてやめちゃったのかな、残念だな、と思っていたら、実はツイッターで更新を継続していることが判明した。
もし、偶然そのツイッターを発見しなかったら、ぼくの中でその人は「もう漫画をやめちゃった人」になっていたのだ。
Facebook、ツイッター、インスタグラム、ブログ、その他いろんなものに手を出して、途中で放り投げたままになっているもの、ありませんか?その放り投げたもの「だけ」を見られて、判断されてしまう可能性も考えないとね。
とある有名なWEB制作会社の社長さんが「バズる」とか言っていて、ちょっとガッカリしたのはここだけの話です。
「このツイートがバズって」「記事をバズらせるためには」うーん、なんだかな。わざわざネットスラングを使わなくても、普通に日本語で表現できると思うんだけど。「このツイートがすごく話題になって」「記事を爆発的に広めるためには」これでよくないですか。
あとこれはネットスラングというより、ビジネス用語なんだろうけど「本日新しいサービスをローンチしました!」とかね。いやいや、普通に公開しましたでいいやん。こんなこと言っていると「なんだあの老害」と言われそうですけど。