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本のこと

鶏まみれ

鶏まみれ

『鶏まみれ』(繁延あづさ)

ニワトリと卵と、息子の思春期』の続編です。リストラされた旦那さんが養鶏をやると言い出して、それに巻き込まれるカタチで、作者の繁延さんは食肉を扱う資格をとるために、食肉処理場で3年間アルバイトをします。

そこには、全身血まみれになりながら、生きている鶏を肉にする人たちがいた。次から次に流れてくる鶏たちを、ひたすらナイフで絶命させていく「首切り」という仕事。繁延さんは血で真っ赤に染まった自分の姿に驚き、打ちのめされ、なんて凄い仕事なんだ、なんてとうとい仕事なんだ、と感じます。

どうして「とうとい」と感じたのか。それは本を読めばわかります。生きるために殺すという大変な行為を、だれかにやってもらっていることは知っていたけど、本当には知らなかった。

旦那さんがはじめた養鶏場のことも並行して綴られます。3人の子供たちは、鶏舎の設営を手伝ったり、鶏の世話をしたり、卵のパック詰めをしたり、ヒヨコの群れといっしょにミミズを探したりします。めちゃくちゃ羨ましい。ニワトリがいる生活、憧れます。雄のニワトリのカッコよさ!

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小倉駅ナカ本の市

子供とふたりで「小倉駅ナカ本の市」へ。端から見ていくと、いきなり楳図かずおの『漂流教室』全巻セットがあって、子供とふたりでむむむ!となり、一度手にとるも、いやいや、いったん落ち着こう、まだ来たばっかりだし、他に買いたいモノが何も無かったら、その時は買って帰ろう、と棚に戻しました。

そのわずか1分後、「おとうさん、漂流が無くなってる!」という子供の声。(ヤラレタ!)先ほど我々が漂流教室を見つけてむむむ!となっている時、斜めうしろからじっとこちらを見ている人影には気付いていたのです。ああ・・・

しかし、『エリック・ドルフィー(昌文社)』の発見を皮切りに、『バルト 美術論集(みすず書房)』『遠い太鼓(村上春樹・単行本の初版)』『チベット密教(ちくま学芸文庫)』『我が詩的自伝(吉増剛造)』などなど、子供の本もふくめ良本を次から次に発掘。すぐに痛みは消え去ります。

結果的に満足して帰ったけど、あのとき、漂流セットを他人に抜かれた棚を見たとき、なんともいえない気持ちになったなあ。それと同時に、自分の中にある強欲さも見えてしまった。そんな出来事。

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詩をどう読めばいいのか

詩の構造についての覚え書

詩ってわからないですよね。「詩的なもの」はわかるけど。トマトは苦手、でもトマト風味は好き、みたいな。詩の良さをわかりたい、という気持ちはずっとあって、それで詩集を読んでみたり、詩を論じた本を読んでみるのですが、一向にわかりません。

ちくま学芸文庫から復刊された『詩の構造についての覚え書』(入沢康夫)を読んで、詩がわからないのは当たり前だったんだ!と、一気に腑に落ちました。入沢さんは言います。「詩を読むという行為は、詩をつくる行為と質的には等価、あるいはそれ以上の行為だ」と。

詩が一般的に読まれない現状を揶揄して、よく「詩の読者は、詩人しかいない」と言うそうですが、詩人じゃないぼくらが、詩を読むことに苦労するのは当然で、詩をつくるのと同じくらいの時間、労力、態度をもって向き合うことが、「詩を読む」ということなんですね。はー(白目をむきながら)

詩人という言葉から、ぼくはいつも「ディック・ノース」のことを思い浮かべてしまいます。ディック・ノースというのは、村上春樹さんの小説『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる、片腕の詩人です。

ディック・ノースは善良な男で、1本しかない腕を器用に使ってサンドウィッチをつくり、家事全般をそつなくこなす好人物ですが、どこか胡散臭い凡人として描かれます。ユキという13歳の少女からは、軽蔑すらされています。何も悪いことをしていないのに!そのせいでぼくは、「詩人=胡散臭い人」という、間違ったイメージを持ってしまいました。今はそんなこと、思っていません。

(余談ですが、ディック・ノースは交通事故で死んでしまいます。ユキは、生前の彼に冷たく接したことを後悔するような言葉を口にします。それを聞いた主人公が、「そういうことを簡単に口に出してはいけない」と、厳しく諭す場面は、村上作品屈指の名シーンです)

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ボヴァリー夫人

フローベールの『ボヴァリー夫人』読了です。死ぬまでに「世界10大小説を読む」というミッションを自分に課していて、これで4作品を読み終えたことになります。

『ボヴァリー夫人』のあらすじは有名で、田舎暮らしに退屈した女性が不倫と贅沢に走り、最後は破滅して自害するという、本当にあらすじだけを見るとなんてことない、まるで昼ドラのような(昼ドラって今もやってるんですか?)、あまり読む気になれないストーリーですが、読みはじめるとグイグイ引き込まれました。共進会のシーンと辻馬車のシーンはすごかった!

エンマは愚かすぎる。シャルルはお人好しすぎる。オメーは隣人にしたくない人ナンバーワン。いんちき手術で片足を失ったイポリットはもっと怒っていい。ロドルフとは一生友だちになれない。レオンはただの小僧。使いみちのない器づくりに打ち込む実直なビネーが一番好き。

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ローファイな写真

KINO Ricarda Roggan

『KINO』Ricarda Roggan

リカルダ・ロッガンというドイツ人アーティストが、夜の映画館のスクリーンに映し出される、カーチェイスシーンや爆破シーンを、カメラでこっそり撮影した写真集。ザ・映画泥棒です。

暗闇で撮っているせいか、画質は荒く、対象が鮮明に写っていない、とてもアナログ感の強い写真です。ぼくはこういうローファイな写真が大好きなのです。

セロハンテープで補修したような装丁もGOOD。

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フランシス・ベイコン・インタビュー

日美の「私とベイコン」を見て以来、ベイコンの絵が気になりはじめて、毎日のように画像を見ていると、気持ち悪さよりも、造形の美が見えてくるようになりました。すごいな、ベイコンの絵。なんで今まで気付かなかったんだろう。実物の大きな絵を見たら圧倒されそうです。

もっとベイコンのことを知りたくて、『フランシス・ベイコン・インタビュー』(ちくま学芸文庫)を読みました。ベイコンは頻繁に「偶然性」を口にし、自分の絵のフォルムは偶然できる、自分は画家というより偶然が生じるための媒体だ、と言います。

偶然性を得るために、ベイコンは絵の具を手のひらに絞り出して、絵に向かって投げつけたそうです。インタビュアーが「1枚の絵に対して何回ぐらい絵の具を投げつけるのか?」と質問すると、ベイコンは「頻繁に投げつけることもあるし、たった1回で絵がよくなることもある」と答えます。このくだりはシュールでちょっと笑えます。

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無限のエコー

中学生の時、『中原中也詩集』をお小遣いで買いました。詩に興味なんてないのに、どうして買ったのかというと、お小遣いをアップしてもらうためです。こんなに有意義な使い方をしているんだぞ、というアピールです。

買ってきた詩集を見せると、母親は国語の教科書にも出てくる「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」のところを声に出して読み、「なつかしい」と言いました。お小遣いアップに成功したかどうかは、覚えていません。

他のマンガや本は、売ったり捨てたりしてほとんど残っていないのに、『中原中也詩集』だけは、なぜか手放すことなく残り続けました。そしていま、50歳になったぼくが読んでいます(50歳になってもよくわからない)。

きっかけは、詩人の吉増剛造さんの『詩学講義 無限のエコー』(吉増さんが慶応義塾大学でおこなった講義をまとめた本)で、中原中也さんの詩を深く掘り下げていたから。

詩学講義 無限のエコー(吉増剛造)

ブックデザインは服部一成さん!

ぼくは、思考の揺れ(思考があっちに行ったりこっちに行ったりする動き)を制御せずに、どんどん言葉を重ねていく吉増さんの語り口が好きです。『詩とは何か』は名著だと思います。

授業でも、吉増さん独自の語り口はいかんなく発揮されていて、話題はあっちに行ったり、こっちに行ったり、ちょっと語り口を強調しすぎな面もあるにはあるけど、こんなに面白い授業が受けられるのなら、大学に行ってみたかったな(行ける学力があったかどうかは別として)、と思います。

中原中也さんの詩で好きなのは「春日狂想」です。

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銛打ちのインディアン「タシュテゴ」

銛打ちのインディアン「タシュテゴ」

もし、『白鯨』という、あの巨大な奇書を読んでみようかな、と思っている人がいたら、本の前に映画(1956年公開版)を観るのもアリかもしれません。アマプラで観ることができます。

ぼくは当時の捕鯨文化について、まったく無知なまま読んだので、なかなか捕鯨のシーンを頭に思い浮かべることができず、苦労しました。読み終えたあとに映画を観て、そうか、捕鯨船ってこういう船だったのか、クジラを追いかけるボートって、こんなに小さかったのか!と、驚きました。

なので、先に映画を(捕鯨シーンだけでも)観ておくと、読みにくさでは他の追随を許さない『白鯨』が、少しは読みやすくなるのではないかと思います。少しはね。

『白鯨』には、3人の銛打ちが出てきます。全身刺青男のクィークェグ。巨体の黒人ダグー。インディアンのタシュテゴ。彼らは誇り高い勇敢な銛打ちで、巨大なクジラにギリギリまで近づき、その体に銛を打ち込むのが仕事です。

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白鯨を読む⑫ – 完結

ついに『白鯨』を完読しました。あれだけ、面白くない、つらい、と愚痴をこぼしながら読んできたのに、いまは「すごい作品を読んでしまった!」という気持ちです。達成感よりも、喪失感のほうが大きいです。『白鯨』を読む日々が終わってしまって寂しい。まだまだずっと、読んでいたかった。

ほんとうに変わった小説で、1000ページの半分は、物語と関係のない、まるで論文のようなクジラのウンチクが占めています。多くの人が「なんじゃこれ?」と挫折するそうです。ぼくも読んでいて「なんじゃこれ?」と思いました。クジラの骨格の話とかどうでもいいから、はやく話を進めてくれ!とイライラしました。

でも、あれがあるからこその『白鯨』で、読後の感動は、あの苦しい時間(まるでエイハブ船長たちの長く退屈な航海と同じように苦しい時間)を体験したからこその感動なんですよね。あまりにも大きすぎて、まだ掴みきれていないと思うので、いずれ再読したいです。

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白鯨を読む⑪

ついに、白鯨(モービィ・ディック)が姿を現した!

もうこのまま登場せずに終わるのかと思ったよ。残り50ページ、ついに、ようやく、現れました。まるで神のような威厳を示す巨大な白鯨「モービィ・ディック」。これまで嫌になるほどクジラの知識を叩きこまれてきたおかげで、モービィ・ディックの異様な姿、怖さ、神々しさを、しっかりと頭の中にイメージできます。

モービィ・ディックが出現した海は日本の近くで、メルヴィルは「閉ざされた国、日本」と書いています。『白鯨』が書かれた1851年、日本はまだ鎖国状態だったんですね。

そして格闘がはじまり、人間の無力さをあざ笑うモービィ・ディックの一撃で、捕鯨ボートはいとも簡単に真っ二つにされ、エイハブ船長は海に投げ出されてしまった。クライマックスだ!完全にクライマックスだ。長い長い退屈な940ページを辛抱強くめくり続けてきたご褒美が、いま目の前に差し出されています。

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白鯨を読む⑩


マッコウクジラの真実に迫るドキュメンタリー映画『パトリックとクジラ 6000日の絆』のDVDが、3月18日に発売されます。当然、予約しました。白鯨をもうすぐ読み終えそうなタイミングでDVDが出るなんて、とても偶然とは思えない。

メルヴィルが本の中でしつこく描写する、マッコウクジラの「頭」のこと、「目」のこと、そして「知性」のこと、その答え合わせができるかもしれません。DVDが届く3月18日までに読み終えないといけない。残り157ページ、いけるか?

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白鯨を読む⑨

夜中に目を覚ましてしまって、眠れないので『白鯨』を読む。下巻の最終盤になって、あの延々と語られるストーリーとは関係ない鯨学がようやく姿を見せなくなり、ついに物語が動きはじめました。

しかし、白鯨はいまだ、姿を見せていません。最後の最後に出てくるんでしょうね。いや、もしかしたら、このまま最後まで白鯨が姿を見せないという可能性もあるぞ。タイトル「白鯨」なのに。メルヴィルならやりかねん。

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AIに勝てる人

ハリー・スミスは語る

『ハリー・スミスは語る』

表紙の写真から怪しさ全開ですが、ハリー・スミスさん(1923-1991)の肩書きは、画家、映像作家、音楽学者、人類学者、魔術師、詩人、哲学者、錬金術師、蒐集家。ちなみに写真のタイトルは「牛乳を牛乳に変容させる錬金術師」(まったくもって意味不明)。

本を読んでも、ハリー・スミスさんがいったい何者なのか、結局よくわからないままでした。わかりやすさが最優先されてしまう(ツマラナイ)今の世の中で、こういう分類不可能な人が絶滅しかけているように思います。枠に収まらない人。AIに勝てるのは、きっとこういう人です。

ハリー・スミスさんの部屋は、書物やレコードや謎のモノたちで溢れ返り、彼の思考が丸見えになった神秘的な空間だったそうです。ミニマリストたちが見たらひっくり返るでしょうね。

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Left hand Right hand

left hand right hand - フルール・ファン・ドーデワード

いいねボタンがあったら、10回ぐらいプッシュしたい。四国の小さな山村で暮らす子供や、若者や、お年寄りたち15人に、27枚撮りの使い捨てカメラ(おそらく写ルンです)を渡して、1枚ずつにテーマを決めて撮ってもらったという、ユニークな写真集。写真ってこういうものだったよね、と、感動します。

同じシロウト写真でも、iPhoneで撮ったシロウト写真はとてつもなくツマラナイのにね。チャンスは1回だけ。テーマは「明るい色一色」「テーブルに用意した朝食」「お気に入りの靴」「あなたの右手」「水道から流れる水」「起きてすぐの寝床」などなど。当然、技術的にはヘタなんだけど、逆にプロにはこういう写真は撮れないでしょ、という魅力的な写真がたくさんある。

27個のテーマは書いてあるけど、どの写真がどのテーマで撮られたのかは書かれていません。「笑顔の人」と「一番好きな人」というテーマがそれぞれあるので、カメラに向かって笑っている人の写真が、どっちのテーマで撮られたのか、それは撮影者にしかわからないのです(ここで再びいいねボタンを10回プッシュ)。

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白鯨を読む⑧

ぼくがもしキムタクのような容姿をしていたら、きっと『白鯨』なんか読まなかっただろう。キムタクじゃないから、何かにすがるように『白鯨』を読むのだろう。

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白鯨を読む⑦

面白くないのに、毎日読んでしまう感覚、自分でもその感覚がよくわからず、無理をして読んでいるわけでもなく、面白くなることを期待しているわけでもなく、ただ、読んでいます。今日も読みました。「よくわからない」という感覚が、心地いいのかも。

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アラスカを感じる

アラスカ光と風

冒険したいけど、冒険できない人は、冒険した人の本を読んで、冒険した気になるしかないのだ。極寒のアラスカにテントを張って、たったひとりで滞在する男、星野道夫さん。これぞ本当のソロキャンプ。焚火が友だち。何にもない大自然でひとり規則正しい生活をしていると、つまらないことを楽しく感じるようになり、コンロの掃除や、ヒゲの伸び具合をたしかめることが無常の喜びになる。そして、大自然の中での用足しを、とても自然な行為に感じる(解放感がすごいらしい)。米さえあれば幸せで、あとはかつおぶしと醤油さえあれば何もいらないと、星野さんは言う。米はやっぱり偉大だった。

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中原昌也 作業日誌 2004→2007

中原昌也 作業日誌 2004→2007

『中原昌也 作業日誌 2004→2007』が届いたので、早速読んでいます。90年代の音楽雑誌の片隅にノイズ音楽家としてよく登場していた中原さんは、この本を書いていた時はもう作家活動がメインになっていたようです。

日記には毎日のように、原稿を書くのがツライ、もう書きたくない、という愚痴が綴られ、そのストレスを発散するために大量のレコード、CD、DVDを買いまくり、お金が尽きると売りに行く。そしてまた買う。売る。朝まで呑む。ツライと愚痴をこぼす。悪口を言って絶望する。そして映画を観て泣く。その繰り返し。ものすごい量の知らない映画や音楽の名前が出てきて、知識欲も満たされます。

中原さんの人脈は相当広くて、毎日いろんな人に会います。孤独な人だと思っていたけど全く違った。しょっちゅう誰かから電話がかかってきて「今どこどこにいるから飲もう」と誘われる。仲間とファミレスで朝まで話しこむ。著名人もいれば、誰だかわからない人もたくさん出てくる。作家として、あの蓮實重彦さんからも一目置かれていて、氏と対談もしている。

それなのに、毎日ツライツライと塞ぎこみ、よくわからないCDやDVDを買い続ける。家賃が払えなくなって家を追い出されても、原稿料が入った途端に買う。中原さんは、決して買うことをやめない。知的好奇心の怪物が書いたすごい本。

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白鯨を読む⑥

あいかわらず面白くない。しかし、マッコウクジラへの興味はどんどん深まっていきます。とにかく奇妙で、不思議で、神秘的な生き物であると、メルヴィルがいろんな言葉を駆使して、しつこく訴えてくるからです。

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コスパ

仕事の時間、家族の時間、それ以外は本を読むだけのシンプルな人生ですが、いかんせん読書スピードが遅いため、積読が一向に解消されません。長編文学の場合、だいたい読み終えるのに半年かかるから、仮に『白鯨』を毎日読んだとして、1500円を日数で割ると、1日たったの8円!ところが、写真集はその逆で、あっという間に見終わってしまうのに価格は5千円以上もする。でも「必ず読破できる」というのは、写真集の長所かもしれない。

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