
アメリカ人が好きなベーコンのことではないですよ。フランシス・ベイコン。画家のベイコンです。NHK日曜美術館の特別アンコール企画で、1980年に放送された「私とベイコン」が再放送されました。私とベイコンの「私」とは、小説家の大江健三郎さんです。
放送をたのしみに待っていましたが、内容は期待以上で感動しました。何に感動したのか?大江健三郎さんの芸術論はもちろん、進行役の男性アナウンサーと女性アナウンサーの「質問力」に感動したのです。
大江さんは、ベイコンの不気味な絵を見て「人間というものを正確に描こうとしているように見える」と話します。すると女性アナは「とても正確に描いているようには見えませんが、それはどういうことでしょうか?」と臆せず質問します。
また、ベイコンが写真を見ながら絵を描いていた、と紹介されると、男性アナは「大江さんも写真から小説を書くことがありますか?」と尋ねます。いい質問です。
そしてついに、決定的な瞬間が訪れます。
ベイコンが、絵を何度も描きなおすうちに予期せぬアクシデントが起こり、思ってもみなかったカタチが現れる瞬間、そういう「偶然性」を大切にしていたという話になった時、女性アナは「小説の中にもそういう偶然性というのはあるんですか?」と尋ねます。思わず顔がほころぶ大江さん。そのすばらしい質問に対して、小説の極意を、芸術の極意を、静かに語ります。
「小説家なんていうのは、まあ平凡な人間です。だからぼくが知っているもの、予期しているものを書いても、ちっとも面白くない。ぼくが知っているものを超えたものを書きたいわけです。そのために、何度も何度も文章を書き直します。そのうちに、自分を超えたものが出てくる。それが小説を書くということです」
震えました。
トーマス・マンや、トルストイを読むと、とても人間が書いたとは思えない、と感じる箇所があります。マンもトルストイも、もともと知っていたわけではなく、書いて書いて書いていくうちに、ふと、自分を超えたものを掴まえたんですね。すごい話です。
そしてですよ、まだあるんです。その大江さんの話を聞いた男性アナはこう質問します。「偶然性は、待つんですか?」
永久保存版決定。聞き手がすばらしいから、大江さんの話もどんどん芸術の核心に迫ります。興奮しました。

