ぼくはChatGPTじゃない!
が、昨年の子供名言ランキング
1位だと思います。
たしかそれはお風呂の中で
ぼくがワンピースの展開について
なんで?なんで?
としつこく聞いた時に
出たセリフだったと思います。
ぼくはChatGPTじゃない!
が、昨年の子供名言ランキング
1位だと思います。
たしかそれはお風呂の中で
ぼくがワンピースの展開について
なんで?なんで?
としつこく聞いた時に
出たセリフだったと思います。
中原昌也さんが作業日誌の中で絶賛していた『スクール・オブ・ロック』をアマプラで観たら、本当に大傑作だった。すぐにDVDも注文した。好きなシーンがありすぎて・・・というよりも、好きなシーンしかなかった。テンションが上がって、自分の子供にもロックを教えたくなったけど、すこし考えて、やめた。自分で見つけて、自分で夢中になるから良いワケだし、そもそもロックにとって、親は反抗の対象じゃないか。

『中原昌也 作業日誌 2004→2007』が届いたので、早速読んでいます。90年代の音楽雑誌の片隅にノイズ音楽家としてよく登場していた中原さんは、この本を書いていた時はもう作家活動がメインになっていたようです。
日記には毎日のように、原稿を書くのがツライ、もう書きたくない、という愚痴が綴られ、そのストレスを発散するために大量のレコード、CD、DVDを買いまくり、お金が尽きると売りに行く。そしてまた買う。売る。朝まで呑む。ツライと愚痴をこぼす。悪口を言って絶望する。そして映画を観て泣く。その繰り返し。ものすごい量の知らない映画や音楽の名前が出てきて、知識欲も満たされます。
中原さんの人脈は相当広くて、毎日いろんな人に会います。孤独な人だと思っていたけど全く違った。しょっちゅう誰かから電話がかかってきて「今どこどこにいるから飲もう」と誘われる。仲間とファミレスで朝まで話しこむ。著名人もいれば、誰だかわからない人もたくさん出てくる。作家として、あの蓮實重彦さんからも一目置かれていて、氏と対談もしている。
それなのに、毎日ツライツライと塞ぎこみ、よくわからないCDやDVDを買い続ける。家賃が払えなくなって家を追い出されても、原稿料が入った途端に買う。中原さんは、決して買うことをやめない。知的好奇心の怪物が書いたすごい本。
たぶんぼくの1週間の中でいちばんムダな時間は、週プレで『キン肉マン』を読んでしまう時間です。ツマラないと分かっているからやめればいいのに、無料だからつい見てしまう。次から次に出てくる敵キャラは、みんな同じ性格、同じセリフ。キャラデザインはどんどん酷くなっていく。もう増やすのはやめて、昔のキャラ同士を戦わせたほうがいいと思うんだけど。
あいかわらず面白くない。しかし、マッコウクジラへの興味はどんどん深まっています。とにかく奇妙で、不思議で、神秘的な生き物であると、メルヴィルがいろんな言葉を駆使して、しつこく訴えてくるからです。
仕事の時間、家族の時間、それ以外は本を読むだけのシンプルな人生ですが、いかんせん読書スピードが遅いため、積読が一向に解消されません。長編文学の場合、だいたい読み終えるのに半年かかるから、仮に『白鯨』を毎日読んだとして、1500円を日数で割ると、1日たったの8円!ところが、写真集はその逆で、あっという間に見終わってしまうのに価格は5千円以上もする。でも「必ず読破できる」というのは、写真集の長所かもしれない。
家の中をジャングルにしたいね
と子供と話しながら歩く。
(虫が苦手なことは言うまい)
天井に届くでっかい緑を
もっとたくさん買って
小鳥を放し飼いにしたら
たのしそうやない?
でも窓を開けたら
飛んでいくやろうね。

新書と同じくらいのサイズ感。雑誌のようにザラザラした紙に、断ち切りで印刷されている。『The Pillar』のように重くて立派なつくりが合う写真集もあれば、この『Self-Portraits』のようにラフなつくりが合う写真集もあります。
時系列で並べられた24年分のポートレートから、1人の人間の変化、人生までもが見えてきて、途中グッとくるものがあります。ぼくが一番好きなのは、左に丸坊主の長島さんがこちらをじっと見ている写真、右にマクドナルドでハンバーガーを頬張っている写真、のページです。
本の冒頭、長島さんはこう書いています。「わたしの作品を見るとき、彼らは彼ら自身の価値基準に基づいて、それを女の仕事とみなします。なぜなら、彼らはわたしがしていることを理解するための言葉を持たないからです」
彼らというのが全ての男性を指すのなら、ぼくも理解するための言葉を持たないということになります。理解できたか?と問われると、わかりませんとしか言えない。たとえ理解できなくても感動できる、それが芸術だと思います。
ミシェル・レリスは、アフリカの人たちが自然の中で裸で暮らしているのを見て、服を着ている自分を滑稽だと思いはじめる。そして夜、自分も裸で眠ってみる。この時レリスは、うれしくてたまらなかったそうだ。
ぼくは(裸で寝るとうれしくなるのか・・・)と思い、早速やってみたくなったけど、さすがに裸はちょっと・・・と思い、やめた。代わりに、布団の中でパジャマを脱いで、Tシャツとパンツだけになってみた。すると、いつもより暖かいことに気付いた。おそらく布団と人のあいだに、余計な布は無いほうがいいんだろう。心なしか、いつもよりぐっすり眠れたような気もする。
上巻を読み終えました。やっとです。面白くないです。いつか面白くなるだろうと思っていたけど、面白くならないまま上巻が終わりました。読み進めるごとに難解さが増していき、終盤は何を読まされているのかわからないほどでした。おそらく『白鯨』は、この先もずっと面白くないだろう。きっとそうだろう。メルヴィルはたぶん、そういう風には書いていないのだ。それでもぼくは下巻を読む。それが読書だから(きりっ)
誰かと食事をするということが家族以外でほとんどないので、誰かと食事をする時はほとんど味がしません。この食べ方で間違っていないだろうか?このソースでいいのだろうか?もっと喋ったほうがいいのだろうか?いかん、相手の器はもうあんなに減っている、急がねば。そんな調子でほとんど味がしません。なんとか無事に食べ終えても、最後にお会計という激ムズ案件が待ち構えている。
もっとツイッターのように、つぶやくように、軽やかにブログを更新してもいいんですか?いいんです。ブログって本来そんなもんでしょ。思いついたことを1日に何度も投稿したっていいんです。なんかそういうスタイルのブログを見たことがあるな、と思ったら、海老蔵さんがやっていました。アメブロで。海老蔵スタイル。
時間の積み重ねでしか出せない面白さってあるなあ。長島有里枝さんが24年間、自分を撮り続けた『Self Portraits』もすごく良かったし、異常な分厚さでなかなか読む気になれなかったミシェル・レリスの『幻のアフリカ』も、読みはじめると面白い。
日記系で何か面白い本はないかと探していると、『中原昌也 作業日誌 2004→2007』という本を見つけた。ノイズ音楽家で、映画通で、文章も書く中原さんが、大量の本やDVDやレコードを買いまくる日々を綴った本。しかしすでに絶版。メルカリで買いました。あー。メルカリで買うと半分以上の確率で後悔するのに、またやってしまった。
寝室のクーラーが壊れたので、新しいクーラーをエディオンで買った。委託業者の方が取付工事に来てくれた。たくさんの機材を積んだ大きな車に乗って、たった1人でやって来て、他人の家にあがり、クーラーの撤去から取付までを手際良くこなす。プロの仕事だ。確認のサインを求めたあと、エディオンがやっているキャンペーンの案内まできちんと全うしていった。プロの仕事だ。
1月18日 ケンタッキー
みんなで歩いてケンタッキーを食べに行った。チキンを3つ食べて胸やけした。子供にカメラを渡すと、道に落ちている物を熱心に撮っていた。子供の目線や見ている世界が、自分とは違うことに気付く。
1月20日 記憶
たくさん話して、たくさん笑った。でもぼくのことはもう忘れている。写真を見返しながら、たったの数年でいろんなことが変わってしまったなあと思う。
1月27日 8歳の思い出
シール帳というものが流行っていることを知る。妻の子供時代にも流行ったそうだ。シール集め、楽しそうですね。自分の子供時代の悲しい記憶が蘇る。一番のお気に入りだったキン消し(ミスターVTR)を、ガキ大将に無理矢理交換させられたのだ。とても悲しいのに、笑顔でいいよと返事をした8歳の自分が、今も心の中にいるのだ。
1月28日 詩
国語の教科書に掲っている「バラのまつぼっくり」という、小学2年生が書いた詩を、子供が音読してくれた。すばらしい詩だった。2年生で詩を学習することにも驚いた。
1月29日 神回
テレビの録画用にハードディスクを買った。動作確認のために「水曜日のダウンタウン」を予約した。確認すると、ちゃんと録れていた。きしたかのさんが10mの高台から飛び込む企画だった。めちゃくちゃ面白かった。笑いすぎて涙が出た。もしかすると、涙の何%かは感動だったのかもしれない。
デザインの力というのは確実にあるし
それを信じてもいるけど
たまにデザインすることに
虚しさを感じることがある。
これって本当にデザインする
必要があるんだろうか?と
迷いが生まれることがある。
鳥が勝手にやってきて、鳥の動きでシャッターが押されているわけだから、鳥自身が写真を撮っていると言っても過言ではない。
いまから40年前、宮崎学さんという日本の写真家が、森の中に自動センサーカメラを設置して、動物の死を撮った作品を発表したとき、「あいつは自分でシャッターを押していないから邪道だ」と、陰口を言われたそうです。時代が変わると評価も変わる。宮崎学さんはきっと早すぎたんですね。
早いといえば、20年前のSTUDIO VOICEに、スティーブン・ギルさんのインタビュー記事が載っています。「手で愉しむ写真集づくりのススメ」というタイトルです。
ギルさんは自分で写真集をつくり、自分のレーベルから出版しています。最後の最後までパソコンを使わないそうです。モニターから感知することと、実際に手で触れて眼で見ることは違う、と言っています。事実、「The Pillar」の写真は、モニターで見たネット画像のそれとは、まったく違うものでした。
おわり

届きました!すごい!想像していた写真の10倍カッコいい。本のつくりがとても良い。布カバーの質感、本の重み、スバラシイ。そして写真がほんとーーーに良い。スティーブン・ギルさん、ありがとう。丁寧に梱包、発送して、メッセージカードまで同封してくれたPOSTさん、ありがとう。最高です。
ついにスティーブン・ギルの「The Pillar」を買いました。いつか買おうと思いながら、なかなか手が出せず。実物を見ずに1万円超えの本を買うのはやはり勇気がいります。しかし、ついにやったぞ。
本はまだ届いていません。買っただけです。ファミコンに匹敵する値段の本を悩んだ末に買い、それが届き、実際に見てどう感じるのか?というドキュメンタリーブログです(なんじゃそれ)。
「The Pillar」を知らない方のために、一応かんたんに説明しておきます。
ロンドンで暮らしていたスティーブン・ギルという有名な写真家が、ある時スウェーデンの田舎に移住します。だだっ広い平原以外は何もないような場所で、いったい何を撮ればいいのか?と思案した結果、ギルさんは平原の真ん中に2本の杭を立てることを思いつきます。もしかしたら空を飛ぶ鳥たちが、杭を止まり木として使ってくれるかもしれないと考えたわけです。
そして片方の杭に、動きを感知して自動でシャッターを切るカメラを設置し、ギルさんはその場を立ち去ります。果たして、2本の杭と無人カメラは、どんな写真を撮ったのか?それが「The Pillar」に収められているのです。ワクワクしますね。