なんだこのサイトは?
本屋?読書好きの本紹介?
だれが何のために?よくわからない。
久しぶりにインターネットで興奮しました。
https://biblioapartment.com/
すごいものを見つけてしまった。
教えたくないけど、教えます。
すごいぞ。
なんだこのサイトは?
本屋?読書好きの本紹介?
だれが何のために?よくわからない。
久しぶりにインターネットで興奮しました。
https://biblioapartment.com/
すごいものを見つけてしまった。
教えたくないけど、教えます。
すごいぞ。
毎月かならず3冊本を買う。
( そして可能な限り読む )
ぼくが設定した今年の目標です。
今のところなんとか継続できています。
読みたい本がある時はいいけど
無い時は非常にこまります。
何でもとにかく買ってしまえば
目標達成にはなるんだけど
読みたくない本は買いたくないし
できれば「今」本当に読みたいものがいい。
となると1ヵ月に3冊って
意外と簡単ではないです。
今月はこの3冊にしました。
■庭とエスキース(奥山淳志)
■悲しみの秘儀(若松英輔)
■はじめて考えるときのように(野矢茂樹)
なかなか良いチョイスじゃないかと
密かに手ごたえを感じています。
庭とエスキースはずっと読みたくて
でもこの値段でハズレだったら嫌だな
と考えてぐずぐずしていましたが
今月ようやく買いました。
みすず書房の本って高いんですよね。
ちなみにみすず書房のウェブサイトは
とても良く出来ていて、出版社の
ウェブサイトの最高峰だと思います。
これをつくる労力を想像しながら
いったい制作費はいくらなんだろう?と
下世話なことを考えてしまいます。

WEBメディアを持ちたいという気持ちは、ハラプロをはじめた13年前からずっとあって、その後忘れたり、思い出したり、をくり返しながら、実現できぬまま今日に至っていて、最近またそれについて考えはじめていました。未来をイメージした時、10年後の自分が小さいながらもコツコツ10年育ててきた愛すべきWEBメディアを持っている自分だったら良いな、と考えたりしていました。
WEBサイトをつくる技術も、運営するノウハウも、ほとんど人のために使ってきたけど、そろそろ自分のために使ってもいいんじゃないか、自分のために作ったWEBサイトを、自分の手で日々運営することができたらいいだろうな、と考えたりしていました。
そのために何からはじめようかなと考えた時、このブログだってメディアと言ってしまえばメディアなんじゃないかと、ぼくのことを知っている人だけがたまに見てくれる、インターネット僻地にある小さな個人的ブログですが、それでも自分の表現の場としてやってきたメディアじゃないか、と思いました。そうして突然スイッチが入り、昔のようにまた、毎日更新しているというわけです。
本業(ハラプロ)と紐づいていない純粋なWEBメディアをつくりたい気持ちはやっぱりあるので、それはこれからも考え続けていきます。先に道をつくった人に習おうと思い、「ほぼ日刊イトイ新聞の本」を読みました。約20年前の2001年に書かれた本ですが、今の自分に響くことがたくさん書かれてありました。逆にネット黎明期の話だからこそ、今響くのかもしれません。時代が変わっても、大切なことは変わらない、この本を読むとそれが分かります。
「夜間飛行」に感動したぼくは続いて「人間の土地」を読んでいます。じっくり、ゆっくり、味わいながら、北海道に向かって飛んでいる時も読みました。雲の上でサン=テグジュペリを読む、控えめに言ってシャレオツです。
(ふかわりょうが、あの映画みた?と聞かれて「機内で見た」とわざわざ言うやつが嫌いだ、という話を以前していたっけ)
飛行機乗りをしながら執筆し、飛行機に乗ったまま死ぬという生き様は詩的で、作品をあまり残していないところも良い。「星の王子さま」のイメージが強いから、あの作品が肌に合わない人(ぼくがそうです)が、夜間飛行をスルーしてしまっている(ぼくがそうでした)のが、もったいないな、と思います。
■城(カフカ)
■人間の土地(サン=テグジュペリ)
■ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー(ブレイディみかこ)
■アロハで猟師、はじめました(近藤康太郎)
■もの思う葦(太宰治)
■ほぼ日刊イトイ新聞の本(糸井重里)
■アイヌの世界に生きる(茅辺かのう)
いまは「アロハで猟師、はじめました」
を読んでいます。
狩猟のこと、命のこと。
ここ数か月まともに休みもとれず
仕事仕事の毎日を送っていますが
そんな中でも読書を怠らない
ストイックな自分にシビれます。
最近読んだ本たち。
・ブーヴィエの世界(ニコラ・ブーヴィエ)
・ディキンソン詩集(亀井俊介編)
・雨の日はソファで散歩(種村孝弘)
・千年の読書(三砂慶明)
・昔日の客(関口良雄)
・これは水です(D.F.ウォレス)
・四角形の歴史(赤瀬川原平)
・歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術(トマス・エスペダル)
・空が青いから白をえらんだのです(寮美千子編)
・本屋で待つ(佐藤友則)
・アメリカンスクール(小島信夫)
・夜間飛行(サン=テグジュペリ)
読んでいる最中に「これは!」と興奮して
一度パタンと本を閉じてから余韻に浸る。
そんな自分のための本に出会う確率は
鳥のウンチが頭に落ちるぐらい低いです。
ちなみに子供を幼稚園に送る道すがら
妻の頭上に鳥ウンが落ちてきたそうです。
運よく日傘をさしていたからよかったけど
ズドンとかなりの衝撃だったようです。
「夜間飛行」(サン=テグジュペリ)は
ぼくにとっての鳥ウンでした。
ズドンとかなりの衝撃を受けました。
草原の上を飛行する場面や
暴風雨の中をくぐりぬける場面は
宮崎駿アニメの飛行シーンが
頭の中にぱっと浮かびましたが
駿さんもこの小説からかなり
影響を受けているそうです。
詩的な文章はとにかく美しく
どのシーンもダラダラしていない。
淀川長治さんが北野映画を評して語った
「さっと出してさっとやる感覚、贅沢さ」
そんな感じです。
最近はさらっと読めるエッセイを
手にとることが多かったけど
やっぱり文学は良いですね。
すなわち人間の幸福は、自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中に存在するのだ。
最近よく歩いています。
移動手段としても積極的に歩き
目的のない散歩もよくします。
歩けば歩くほど
歩きたくなるから
不思議です。
歩ける(歩こうと思う)距離感が
自分の中で確実に変わってきていて
今まで当然のように
車で行っていた場所へも
てくてく歩いて行っています。
歩ている時は
完全に自由。
『本は読めないものだから心配するな』
の中で著者はこう書いています。
歩行とは、そのまま人類史の問題なのだ。もしわれわれのだれもが日常生活の中で毎日少なくとも20キロから30キロの距離を歩くことを基本として社会のあらゆる成り立ちが見直されたなら、物質的にも精神的にも、現代のいかに多くの問題が解決されることだろう。われわれは、思想をかけて、歩かなくてはならない。
車に乗るとイライラするのに
歩くと気持ちがいい謎が解けた。
天神での打ち合わせにも
てくてく歩いて行きました。
片道だいたい5kmぐらい。
ただ歩ているという理由だけで
帰り道のぼくはウキウキだった。
最近良い本に巡り合っていて
中でも『詩とは何か』が
特大ホームランでした。
詩人の吉増剛三さんが
いろんな詩人について
いろんな詩について
紹介して、語ってくれる、贅沢な本。
お値段たったの1,100円。
本ほどコストパフォーマンス
(という言葉はあまり好きじゃないけど)
がいいものは他にあり得ません。
おまえは詩が好きなんか?と言われると
好きなのかどうかよくわからないし
おまえに詩がわかるんか?と言われると
ほとんどわかってないけど
逆に「詩がわかる」なんて嘘くさいやろ。
吉増剛三さんが最も大切にしている詩人が
エミリー・ディキンソンという人で
大抵の人は知ってるんでしょうけど
ぼくは映画「パターソン」の中で
その名前をはじめて知りました。
そのシーンは大好きなシーンで
バスの運転手をしながら
詩を書いているパターソンが
同じく詩を書いている少女と出会い
ほんの数分間、話をするシーンです。
少女が自作の詩を読み上げ
それがとても印象的な詩だったので
パターソンはちょっとびっくりして
複雑な表情を浮かべながら
「良い詩だね」と言います。
別れ際に少女はぱっと振り返って
「エミリー・ディキンソンは好き?」
とパターソンに尋ねます。
「好きな詩人だよ」と答えると
「エミリー・ディキンソンが好きな
バスの運転手さん、クールね」
と言って少女は走り去ります。
良いシーンです。
そのエミリー・ディキンソンのことを
詩人・吉増剛三さんは
最も影響を受けた詩人として
この本の中で紹介しています。
アメリカの片田舎で
ほとんど家から出ず
詩をだれかに見せることもなく
自分のためだけに詩を書き続け
引き出しの奥にしまったまま
孤独のうちに亡くなった
エミリー・ディキンソン。
大江健三郎さんがノーベル文学賞を獲った時、
ミーハーなぼくは「死者の奢り・飼育」の
文庫本を買って読んでみるも、
小僧だった当時のぼくには難しくて、
あの暗いイメージだけが残りました。
それから大人になって
「新しい人の方へ」という本を読んで、
大江さんという人はとても
魅力的な人だなと思いました。
そこにはコラムのようなかたちで、
本はゆっくりと読むものだとか、
ウソをつかない人になるための方法だとか、
大江さんの生き方や考え方が
やさしい文章で書かれていました。
なかなか手を出せずにいた
カラマーゾフの兄弟を「読むぞ!」
と決意させてくれたのも、
この本のおかげです。
先日ツイッターを眺めていると、
大江さんに関するツイートが
流れてきました。
伊集院光さんのラジオに
大江さんが出演した時のことを、
リスナーが記憶を頼りに綴った
ブログ記事が紹介されていて、
それがすごい話だったので
リンクを貼っておきます。
すごい話
ゲームを買ってとねだる小6の長男
その要求を拒む写真家の母
ある日突然、長男が
「ゲームの代わりにニワトリ飼わせて」
と言ってはじまる親子と鶏の物語。
長男の目的は
ニワトリの卵を売って
お小遣いを稼ぐこと。
そして最後は絞めて
食べるところまで計画する。
小6の少年が、すごすぎる。
果たしてその結末は。
親子のこと、生死のこと、お金のこと
人生のぜんぶが詰まっていて
とても面白かった。
時折挟まれる写真も素敵です。
思春期の子供ってこんなに大変で
こんなに眩しいものなのか。
自分の子供にもいずれ
思春期が来るんだよなあ。
(うまく対応できるかな)
ニワトリがはじめて卵を産んだ日
読んでる自分もぽろっと
涙が出そうになりました。
村上春樹さんの本はほとんど
持っているつもりだったけど
ふらっと立ち寄ったMUJIBOOKSで
目に留まった「日出る国の工場」
そういえば持ってないかも
いや持ってるかな?
ぱらぱらぱら・・・
やっぱり持っていなかった。
例によって安西水丸さんの
素敵な挿絵が付いています。
ぼくは水丸さんの仕事の中では
「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」
の挿絵がいちばん好きです。
フォルムも線の太さも抜群にいい。
「日出る国の工場」の挿絵も
なかなか素敵でした。
村上さんによる工場見学記も面白くて
コム・デ・ギャルソンの工場を取材する話は
それだけでこの本を買う価値がある。
村上さんが川久保玲さんのことを
語っているのがとても興味深く
あのコム・デ・ギャルソンの服を
町の職人さんが自宅の2階で
奥さんと共に縫製している事実には
ちょっとした興奮を覚えます。
この本が書かれたのは1986年だから
今はもうそんなこじんまりとした
生産体制ではないんだろうけど。
ちなみにぼくは20代の頃
一度だけコム・デ・ギャルソンの服を
買ったことがあります。
それは生地の薄いシンプルなニットで
たしか2万円ぐらいしたと思います。
酔ったアルバイト仲間に
袖口を雑に引っ張られて
本気で腹を立てました。

美術手帖の五木田智央特集。
ぼくは作品を見るのも好きだけど
作り手の制作環境や考え方
趣味趣向を知ることも好きなので
この手の特集ものに手が伸びます。
ずっとヘタになるために
努力しているという五木田さん。
ヘタウマの元祖・湯村さんの
影響を多大に受けていて
有名なモノクロシリーズを辞めたのは
上手くなりすぎたからだそう。
インタビュー記事でなるほどと思ったのが
「ヘタに描くことが重要ではなく
ヘタの面白さを感じ取れる『目』を
持っているかどうか」という話。
描く人、つくる人は
目の修練こそが最も大事で
それがいわゆる「センス」
というものに繫がるのでしょう。
だからたくさん見ないといけないのだ。

広島へ行った帰り道
岩国にある地底王国
「美川ムーバレー」に行ってきました。
鉱山跡地をレジャー施設にした場所です。
行く前はそれほど期待せず
ひょっとしたら子供が喜ぶかな?
程度に考えていたんですが
行ってみると大人も興奮できる
たのしい場所でした。
ホンモノの鉱山跡地だから
暗くて長い道の頭上から
ぽたぽたと水滴が落ちてくるし
抗夫たちが使っていた本物のトロッコが
そのままのカタチで残されています。
レールの先は果てしない暗闇。
コウモリも飛んでいました。
夏目漱石の小説「抗夫」を読んだとき
地球の底へ底へと降りていく描写は
まるで地獄に落ちていくような怖さがあり
強く印象に残りました。
その時に想像していたイメージと
美川ムーバレーの景色が
ぼくの頭の中でリンクして
ちょっとした感動を覚えました。

自分といっしょに引っ越しも経験して
紙の色も変色したボロボロの文庫本って
いいですよね。
そういう本は不思議と
紙から甘くていい匂いがします。
中古で買った本の匂いは好きじゃないけど
(特にブックオフの本の匂いが嫌い)
自分で長い時間をかけて
育てた本の匂いは好きです。
村上春樹さんの
「螢・納屋を焼く・その他の短編」を
先日ひさしぶりに読み返しました。
これもかなりボロボロです。
収録されている短篇はぜんぶ良いけど
「めくらやなぎと眠る女」が特に良い。
仕事をやめたばかりの主人公が
耳の聞こえづらい従弟の中学生と
いっしょにバスに乗って病院へ行く
ただそれだけの話ですが
ふたりの会話とその情景が
詩的でとても良いのです。
ぼくは「パターソン」のように
何も起きない静かな映画が好きで
この短篇はまさに何も起きないスロー小説。
しきりに「いま何時?」と聞く
従弟の中学生がいいのです。
バスに乗る前、渡された小銭を
大事そうにぎゅっと握る場面
いいんだよ。
自分の子供がいま4歳で
もしかしたら今がいちばん
可愛い時期なのかなと思っていたら
中学生の息子を持つ人が
「今もずっと可愛いよ」と言っていて
安心したことを思い出しました。
この短篇は村上さんが
34歳の時に書いた初期の作品です。
安西水丸さんが描いた
表紙の絵と題字も好きです。
ちなみにこの題字
電話で本のタイトルを聞かされた水丸さんが
その場でさっとメモに書いたものだそう。
その後たくさん清書したけど
メモ書きのこれが一番良かったんだって。

ついに悪霊を読み終えました。
カラマーゾフ以上に読みづらく
上巻はとにかく苦痛でした。
いったい何の話を読まされているのか
よくわからないまま
修行のような気持ちで上巻を読み終え
下巻の中盤あたりで
やっと何かが見えてきて
終盤はただただ圧倒されました。
すべてがわかった後にもう一度読み返すと
あんなに退屈だった上巻もすごく面白い。
すごいぜ悪霊。
ぼくはカラマーゾフよりも
悪霊のほうが好きかもしれない。
ネットで悪霊ファンの声を読み漁ると
だいたいみんな読むたびに面白くなる
と言っています。本当にその通りです。
映画でもそういうのありますね。
初見は??だけど、中毒性の高いやつ。
ブレードランナーとか3-4X10月とか。
シャートフ、キリーロフ、
ステパン先生、ワルワーラ婦人、
登場人物みんなが魅力的で
ドストエフスキーはキャラひとりひとりに
ちゃんと「心」を持たせている気がします。
そのせいで読みづらく
難しいんじゃないかな。
だって人の心が一番わからないから。
ドイツの写真家 ヨヘン・レンペルトの
「FieldGuide」という
小さな写真集があります。
すべてモノクロで、動物や虫、
植物などをユニークな視点で
切り取った素敵な写真集です。
夜、子供を寝かしつけるとき
絵本を1冊読むのですが
ある日子供が「FieldGuide」を
持ってきました。
ぼく「これは絵本じゃないけん面白くないよ」
子供「これがいい」
仕方がないので
一緒に布団にもぐりこみ
ページを開きました。
子供は先入観のまったくない心で
生き物のカタチを面白がったり
左右の写真で間違い探しをはじめたり
これはあれに見える
この模様キレイだね
と純粋に写真を楽しんでいて
ぼくはちょっと感動してしまいました。
ヨヘン・レンペルトさんがその光景を見たら
「そうそう、そういうことなんだよ」
と言うと思います。




写真集「鴉」を見ていくうちに
写真家の深瀬昌久さんが
どんな人間だったかを知りたくなり
昨年の12月に出版された
「深瀬昌久伝」を買って読みました。
深瀬さんの助手を長年つとめた瀬戸正人さんが
当時のことを振り返りながら書いていて
純粋に読み物として面白かったです。
やっぱりというか
写真から感じるとおり
深瀬さんは大変に
変わった人だったみたいです。
この本の中での深瀬さんは
いつも酔っぱらっているので
その変人ぶりが本来の性質なのか
それともアルコールのせいなのか
そこはちょっとわかりません。
いつも写真家仲間に囲まれていて
写真集から感じられるような孤独は
(表向きには)なさそうです。
というか「自身の孤独を写しだした」
という評論は安易で嫌だし
だいたいみんな孤独でしょ。
すごく不思議なのが
当時の深瀬さんはたいした仕事もなく
いつも共同事務所でごろごろして
夜はお酒を飲みに行っているけど
飲みに行くお金はどうしていたんだろう?
写真だってお金がかかるのに
フィルム代はどうしていたんだろう?
謎です。
ひさしぶりに本屋青旗へ行ってきました。
中山信一さんの絵本「うそ」が好きな妻は
原画展が青旗であると知り興奮していました。
それでぼくも一緒に行ったというわけです。
原画展はとても良かった。
こんなことを言うのは
よくないのかもしれないけど
絵本の100倍良かった。
原画は絵を切り貼りして重ねたり
汚れがそのまま残されていたり
絵柄自体はシンプルなタッチだけど
アナログならではの質感が合わさって
とても良い感じでした。
やっぱり原画はいいね。
ついでに本を2冊買いました。
ひとつは佐々木俊さんの「CAR(カー)」。

ぼくはデザイナーでは
服部一成さんのことが好きですが
佐々木さんは服部さんの影響を
すごく受けていると思います。
というか最近のグラフィックデザイン界
服部さん風のヘタウマデザインが
流行ってるんですかね?
よく見るような気がします。
もう1冊は、深瀬昌久さんの「鴉」。

有名な写真集なので
ご存じの方も多いと思いますが
ずっと見たくてようやく手に入れました。
写真集ってだいたいどれもお高いけど
これもやっぱりなかなかのお値段で
「どうしようかなあ」とウロウロしていると
妻から「私がおるけん悩むふりしよっちゃろ」
と言われました。鋭い・・・。
映画や絵画でよく
好きとか嫌いとか
分かるとか分からないとか
そういうのとは関係なく
イメージが脳にベッタリとくっついて
離れないことがありますけど
この写真集はまさにそれでした。
鴉を撮った写真はどれも不気味でカッコいいし
突然差し込まれる鴉以外の写真がまた良くて
写真家の村越としやさんも
「鴉じゃないものを撮った写真が好きだった」
と何かのインタビューで話していました。
この女学生のなびく黒髪も鴉なんですね。
そして、鴉と(カー)を
たまたま一緒に買った奇跡に
いま気がつきました。

図書館に「現代世界美術全集」という
大きな画集がずらっと並んでいて
その中からゴーギャンを借りて帰りました。
1970年に出版されたそれは
びっくりするほど印刷の質が良く
サイズが40cmもあるので
絵の迫力がすごいのです。
定価は1冊4,000円。
今このクオリティでつくったら
1万円以上はすると思います。
そんなことを考えながら
何気なくネットで検索すると
なんとこの現代世界美術全集が
10冊セット2,700円で某オークションに
出品されていて目を疑いました。
だって1冊あたり270円ですよ。
少年ジャンプじゃないんだから。
どうやらこの全集は大きすぎるせいで
あまり人気がないみたいです。
ブックオフで1冊100円で
買った人もいるそうです。
モノの価値ってわからんな。
もちろん10冊セットを落札しました。
モネ、ゴッホ、ゴーギャン、
ボナール、マティス、モディリアーニ。
巨匠たちの絵を大きなサイズで
じっくり見られる幸せ。
ぼくはボナールが好きになりました。
帯にはあの猪熊弦一郎さんが
こんなコメントを寄せています。
「これは居ながらにして世界の名画を
自分のものにし得る家庭の美術館だ。
解説も最高でこんな美しい出版物に
親しめる現代の人々は幸せだ」